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ブリヂストン美術館がカイユボットの《イエールの平原》を新所蔵&展示
2015-02-21ランダム表示
カイユボット展に行ってきました(2)|ジャックマール=アンドレ美術館について
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梅雨ですね、梅雨。いうなれば日本の雨期でございます。
雨の日といえば「パリの通り、雨」です。
雨なのに雨足が描かれていないといわれる作品ですので、簡単に雨足を描き足してみました。
(ちょっとたぶん実際より降らせすぎと思います。)
これはまた違う雰囲気になりましたね!
↓は加工前の画像です。
白黒で残念なんですが、この作品の奥にいる人物はカイユボット自身なんだそうです。
この作品は、カイユボット自身を表しているような気がするのですが、どうでしょう?
絵が好きで、ボートが好きで、友人が好きで、でも木がふたりの間にあるように彼自身と友人の間には一線があるような・・・
この絵が描かれた頃は1893年頃、つまり彼が死ぬ数ヶ月前に描いた最後の自画像ということになります。
だとしたらちょっと深いですね。
「プティ=ジャンヌヴィリエの岸辺、冬」
これとこれとこれとこれ、おんなじソファーだと思うんだけどどうかな!
・室内、読む女性
・イーゼルの前の自画像
・カウチの裸婦
・ベジーク遊び
場所は全部オスマン大通りの家。
(もっと早くから持ってたかもだけどわからないなぁ)
他にも椅子とか探してみよっと!
Minneapolis Institute of Artsにでていた「カウチの裸婦」の解説の訳でーす。
「イエール、雨の効果」について、小学館の「印象派美術館」(Book6)でこんな風に書かれていました。
ふむ〜、個人的には「雨は降っている」という意見を持っています。
だって「ミズスマシなど」にしては少し数が多すぎないですか??
(最近はミズスマシでないにしても、川底からの泡かも?とも思っています。要するに判断しかねています。2010/9/17)
「パリの通り、雨」は傘を差していることと若干の路面の反射で雨が降っていることを表しています。
「イエール、雨の効果」はそれと同じように
川面の水紋のみで雨が降っていることを表しているのではないでしょうか?
水紋に注目を集めたいので、手前の岸が雨によって濡れるという現象を
バッサリやめてしまった、という解釈です。
「Effet de Pluie(雨の効果)」という題からはそう読めるんだけどなぁ・・・。
こうして色々な解釈ができるのはおもしろいですね!
さて、みなさんの解釈はいかがですか。
カイユボットの絵はよく「広角レンズでとらえたような」といういい方をされていて、
実際にKirk=Varnedoeというアメリカの学芸員の方がカイユボットの作品の通りの写真を撮って研究をされてます。
#興味のある人は是非手に取ってみてください♪
#かなり難しいけど、みてるだけでもおもしろいので。
しかし、おもしろいことに、カイユボット自身が自分の作品の構図のために
写真を撮ったという記録は(少なくとも私の知る範囲では)残っていないのです。
デッサンは残っていますが、写真はないんですよ。
カイユボットの弟のマルシャルが写真を撮るのが好きだったので、
もちろんカイユボットも撮ったことはあると思うのですが、
彼は撮った写真をそのまま倣って絵にするようなことはしませんでした。
最近ちょっと違うかな〜、と思っています。
写真は残っていないけれどもかなり参考にしていたんではないかと考えています。(2010/08/13)
彼はジャポニズムの影響があったにしても
「ファインダーで切り取る」という感覚が非常に優れていたと思います。
ね?
彼の風景をとらえる「眼」そのものが、レンズに近かったのかもしれませんね。
また非常に個人的な意見ですが、
こうして風景をレンズで見るかのような客観的な感覚を持っていたからこそ
カイユボットは、アカデミーや世間の評価に左右されることなく、
印象派の良さを理解し支援できたのだ、と私は思っています。
先日のエントリ「公式サイト/OFFICIEL SITE」で、「カイユボットの作品だと思うけど…」と述べた作品を見つけました〜^^v
←その写真をトリミングしたものです。
これです!
「プティジャンヌヴィリエの庭」(詳しくはこちら)
左下にありますカイユボットのサインは、友人であるルノワールが書いたみたいです。
おもしろいですね。
この絵は1889年に描かれたものなので、この写真が撮られたのはその年以降だということもわかりました。
ふむふむ。
個人的に、とってもとっても満足です!
この男の子の名前はカミーユ=ドレユ(Camille Daurelle)。
彼はカイユボット家の使用人のジャン=ドレユ(イエール邸の管理をしていた)の息子で、
この絵(「カミーユ=ドレユの肖像/1877」)の他にも何回かカイユボットの作品のモデルになっています。
この絵は少なくとも1894年まではドレユ家で大切にされていました。
そして、このカミーユくんだけではなく、彼のお父さんであるジャンもカイユボットの作品のモデルとなっているのです。(「ジャン=ドレユの肖像/1886-87」)
親子二代で絵のモデルになるだなんてステキですね。