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ミレイ|風景

2008-10-01
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SIGHT ARTでカイユボット対談

音楽に詳しくない私でもその名を聞いたことがある「ロッキング・オン・ジャパン」さんが美術雑誌を刊行するとの情報をGET。
その特集の一つがなんとカイユボットだというではないですか。

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カイユボットを中心にオルセー美術館を観る
語り手=新畑泰秀(ブリヂストン美術館学芸課長)
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/////////////どんな内容?/////////////

カイユボットの印象派やその時代における立ち位置や、こうであったかもしれない彼の考え方や、人となりがかなり掘り下げられて対談形式で語られています。

・カイユボットを単なる「お金持ちで印象派展開催に尽力した画家」像で述べるのではなく、もっと泥臭く迫っているところ
・“蒐集家”でも“パトロン”でも“経済的に援助した”でもなく“スポンサー”という現代の我々にとってもっともわかりやすい単語で説明をしているところ

など
印象派の作品を買ってオルセーに遺贈したことも知っている、カイユボットの作品も知っている、時々印象派に関する本でカイユボットに関する逸話も読んだことある、でもカイユボットがどういう人物なのかイマイチぴんとこない」という方にはすごくしっくりくる内容なのでは。

この対談を読んでいて、
「片方がカイユボット展を開催したブリヂストン美術館の新畑さんというのはわかるんだけど、もう一人のこのインタビュアー、美術雑誌のインタビュアーにしては変わっているなぁ・・・。なんかこう前へ前へぐいぐい来るなぁ?」と思って「聞き手」をみてみたら、
なんと渋谷陽一って書いてあるじゃないですか。

はい、ロッキング・オン・ジャパンの社長さん。

ちなみに北斎の聞き手も北野武さんの聞き手も渋谷氏です(笑)


//////カイユボットは印象派の絵を見て「こりゃすげえ!これは俺の絵と全然違う」と思ったのか?

対談は色々興味深かったのですが、全部書いていると長くなってしまうので一点だけ!

渋谷氏は雑誌の中で「(カイユボットがどちらかというとアカデミズムな絵を描いていたので)「それが印象派を見たばっかりに「こりゃすげえ!これは俺の絵と全然違うし、どう考えてもこっちの方がカッコいい」ってなって。」と語っています。(聞き手だけど)

ここは私は少し異なる見解をもっています。
といっても想像の域をでないですけど。

カイユボットの年表をおさらいすると
———————-
1872年(24歳) レオン・ボナの画塾に頻繁に通うようになる。
        通い始めたのはその前年とも前々年とも言われ、はっきりしません。
1873年(25歳) エコール・デ・ボザール(官立美術学校)に入学
1874年(26歳) 第一回印象派展を見に行ったかもしれない
1875年(27歳) サロン(官展)に「床の鉋掛け」を応募し、落選
1876年(28歳) 第二回印象派展に参加

———————-

サロン派のボナに習い、官立美術学校に通った(あまり通ってなかったみたいだけど)カイユボットは
印象派展に参加する前はカチッとした作品も描いていたけれども



必ずしもそればかりではなかったのではないでしょうか?
決してはじめからアカデミズムな画風ばかりを目指していたのではないのでは?


渋谷氏は印象派に出会う前のカイユボットの作品には“印象派的要素が無かった”と考えているようですが
私は持っていたと思うのです。
そしてそれまで耳にはしたことがあったであろう印象派作品を目の当たりにしたときに
「これはアカデミックとは別方向で、自分が描きたかったものを具象化した作品じゃないのか??」
と惹かれたのではないかしら?

・・・しかしカイユボットが印象派展に出品しだす前の作品はいずれも制作年がはっきりしていないので
説得力が全然ないのですが^^;


他に渋谷氏は
「(カイユボットが)印象派という動きにある意味、後付けで参入したっていうことが僕はすごく大きかった気がするんですよ。」「印象派が何かをこの人はわかっていた。」
と語っています。(聞き手だけどw)

ここは多いに賛同しますし、カイユボットを考える上で重要な考えだと思います。
カイユボットは持ち前の数学的思考で印象派の印象派たるものは何なのかというのがわかっていたのでしょうね。
こういう後付けで参入した=君たちの作品、理論、そして運動を支持する、それは間違いなく素晴らしいものだという意思表示であるわけですから印象派と呼ばれる人々は多いに励まされたと思います。



カイユボットが印象派的要素を元々持っていたにしても、持っていなかったにしても、カイユボットの作品は印象派展に出し続ける間は「どちらかと言えばアカデミズム」な作風を保っています。
これは「カイユボットが見つけた印象派に置ける立ち位置」だったのでしょうか?

そしてパリを離れ、画家ではなく造船技師や議員として過ごしていた頃は
「どちらかと言えば印象派」な画風の作品を多く描くようになっていました。
これもまたおもしろいですね。




////////////

その渋谷氏のブログ「渋谷陽一の「社長はつらいよ」」にもこのSIGHT ARTのことがでていました。
カイユボットを軸に、前衛的な芸術運動としての印象派を読み解く(2014.10.14)

わお、メインの北斎じゃなくてカイユボットを中心に推していらっしゃいます♪

はは、結局渋谷氏のお話ばかりになってしまいました。

カイユボットの従妹の孫

フランスの方から「カイユボットのこと、ニュースになってたけど知ってる?」と情報をいただきました。
ななな何と心の優しい方なんでしょう!Merci, Bien!

その方の情報と、情報に書いてあった「ouest-france(西仏新聞)」の情報などを元に話を総合(と想像)すると

Caillebotte et Bayeux : une histoire de famille - Bayeux
(カイユボットとバイユー:バイユーの家族の歴史)



写真右側の女性Dominique Bussillet(ドメニク・ビジエ)が2010年3月に本を出したそうです。
タイトルは[Maupassant et l’univers de Caillebotte(モーパッサンとカイユボットの世界)]。
その関係で、カイユボットの子孫と対面したというニュースなんだと思います。

————————————

左の男性がそのカイユボットの子孫、 François Chaplain(フランソワ・シャプラン)氏。
カイユボットの従妹のゾエのお孫さんでフランス北西部のバイユーに住んでいるそうです。

カイユボットはゾエがバイユーの男性と結婚をした時に、自身の作品を三枚プレゼントしたのだそうです。

一枚目は「田舎の肖像」、現在バイユーの美術館が所有しています。


二枚目はフランソワさんの兄弟が所有していたそうですが1997年に売却。

もう一枚がこのフランソワさんが所有している「アルジャントゥイユの風景」、写真の背景に映っている作品です。


「田舎の肖像」に描かれている4人の女性は、ゾエの娘のスザンヌが「田舎の肖像」のポストカードに残したメモによって判明しています。

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うーん、カイユボットの子孫か!

カイユボットとモーパッサンはボート仲間でした。
ドメニクさんの本には二人の交友とか二人の作品の共通点なんかが書かれているのでしょうか??

売却されたのはどの作品なんでしょうか。
願わくばゾエちゃんが描かれた作品だったらいいなと思いますけど!

もうひとりの印象派

mook.jpg待っていた本が届きました〜。

アトリエ#815
特集 もうひとりの印象派 ギュスターヴ・カイユボット
(婦人画報社・アトリエ出版社 1995)

ようやく手にした日本語で書かれたカイユボットの本*^o^*

1994〜95年にパリとシカゴで開かれたカイユボットの回顧展の開催にあわせて書かれたもので、ニコラ・ポゥエルというフランス人の解説が載っています。

文章は短いものの
・カイユボットが埋もれている理由
・カイユボットの構図と視点の斬新さ
について述べられています。


特にカイユボットの視点の斬新さについてはまた改めて素直な視点で彼の絵を見直してみようと思いました!
三角形の構図にこだわりがある、という意見も新しい発見です。
もっと掘り下げてみようと思います!

翻訳文なのにとてもわかりやすかった。よかった。
ただ文章が短いのが非常に残念です。

古本なので、どこかで見かけた際は迷わずゲットですよ☆

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ところで最近キャッチコピーが必要なんじゃないかと思いはじめていて、

・印象派を支えたこと
・情熱を持っていたこと
・他の印象派とは少し異なっていたこと

この辺を網羅できたらいいなと思っているんですが、

「ギュスターヴ=カイユボットーーー印象派を支え続けた、もうひとりの印象派」

お、こんなのいいんじゃないでしょうかね?どうかしら。


円高だから本買いました

円高で今がチャーンス!と思って、先日カイユボット関連の本をAmazon.comでいくつか買いました。

そして、本日1冊目がご到着〜。

Caillebotte and His Garden at Yerres
Pierre Wittmer 著

ちらっと見たところ、
イエールで描かれたカイユボットの作品に焦点を当てていて
ジョウロの形とか、描かれたバラの種類とかを考察しているような変わった感じの本のように思えますが・・・?
でもモノクロでしか見たことなかった絵がカラーで載ってるのって嬉しいなぁ♪


表紙は「庭師たち (1877)」ですね。



頑張って読んでみようと思います!
まだ読んでない本いっぱい持ってるけど!

今夜は眠れないかもね(>▽<)v

そして日本の皆さん、洋書を買うなら円高の今がチャンスだと思うデスヨ!!

「ヨーロッパ橋」からみるファッション

「名画とファッション」という本を読んでいたら(小学館・深井晃子著)「ヨーロッパ橋」のファッションについて書かれていました。

それによると、欄干にほおづえをついている男はタブリエと呼ばれる作業着を着用。
カイユボット自身がモデルだと言われるシルクハットの男はルダンゴト(フロックコート)を、傘を差した女性はハイネックのアフタヌーンドレスと黒の手袋をしている。女性が昼間に肌を見せるのはこの時代のエチケット違反なのだそうだ。


なるほど、このタブリエは他にも「ハウスペインター」の中でも確認することが出来ます。
現在タブリエはエプロンのような前掛けの意味で使われているようなのですが、
これら作品の中のタブリエはどちらかというとスモックに近そうですね。

ヨーロッパ橋の左側の男女の服装は、この時代の一般的なファッションだったのでしょう。
パリの通り、雨」の男女も近いファッションをしています。


男性はダブルのフロックコートを着て(「パリの通り、雨」はダブルかどうかかわかりませんが)、女性はベールのついた帽子をかぶっています。
この当時女性は午後のちょっとした用事にも帽子をかぶることと決められていたようで、
その決まりに従って彼女たちはおしゃれな帽子をかぶっています。


コートというからには寒い時期なのかと思いましたが、フロックコートは結婚式で男性が着ることのある礼装と同じようなものですので、厚さ的には背広くらい。
この絵が描かれた時期は夏でもなく冬でもない時期といえそうです。
「パリの通り、雨」の方は奥に長めのコートを着ている人もおり、雨ということで「ヨーロッパ橋」の方よりも気温は低そうですね。

Penに載ってます

ちょっと奥さん、今月号(2007年12月)のPen、ご覧になりました?

「芸術の都パリへ。パリ美術館マップ」なんですけど、
そこのオルセー美術館の紹介にカイユボットの「Vue de toits(Effet de neige) 屋根の眺め(雪)」が載っています♪(追記・床の鉋かけも載っています)

数々のオルセー美術館の中の作品からこれが選ばれたわけで、
なにか、こう、時代が、きてるな!!って感じがいたしますね。

皆様も是非、こんな作品を描いたんだなぁって、Penを手にとって見てくださいね^_^



Gustave Caillebotte|Vue de toits(Effet de neige) 屋根の眺め(雪)|1878|65.1cm×81cm|パリ、オルセー美術館

The Impressionists at Argenteuil

book_argenteuil.jpgアルジャントゥイユ近郊に住んだ画家の絵に焦点を当てた本を今日買いました。
ほくほく*^^*

カイユボットは34歳にアルジャントゥイユの対岸のプティジュヌヴィリエという所に土地と家を購入し、パリから離れて移り住んでいました。
私もアルジャントゥイユやプティジュヌヴィリエに足を運んだことはあるのですが、
如何せん謎が多くて・・・

でもこの本で謎が解けたらいいですね!
何かめぼしいことがわかりましたらまたこのブログでお知らせしていきます。
(全編英語なのでなかなかわかる自信はありませんが・・・)

ちなみに名古屋丸善の期間限定洋書セールで1659円でした♪
気になった方は是非どうぞ!

アルジャントゥイユやプティジュヌヴィリエの様子はまたおいおい。


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