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これは斬新な作品だわい!

実は今まで「カイユボットの構図は斬新だ」という意見は何度も目にしていたけれど、
お恥ずかしながらどうもそこまでピンと来ていませんでした^^;

ところが「印象派 (岩波世界の美術) 」の中に
カイユボットの「パリの街角、雨」と、ジャン=ベローの「The Church of Saint-Philippe-du-Roule, Paris(パリ、サン・フィリップ・デュ・ルール教会)」が並んで比べられておりまして、ホントびっくり!!
あらまぁ確かになんて斬新な作品なんでしょう!!!!(遅






確かに実際そこにいたらこのように見えるであろうパリの眺めのジャン=ベローに比べたら、
カイユボットの作品のなんと斬新なこと。
まさに衝撃ですよ!
(もちろん、私ジャン=ベローの絵は大好きですし、どちらがいいとか悪いとかそういう話ではないですけれども。)
その斬新さは「新しいパリ」「構図と遠近法」に集約できると思います。


///////////// 新しいパリ /////////////
・新しいパリの街角という主題
この頃のパリは、時のオスマン知事によって汚らしい街から近代的な街に生まれ変わろうとしていました。
カイユボットは「ヨーロッパ橋」でもその当時できた駅近くの鉄橋を描いているように、
近代化していくパリの街に非常に興味を持っていました。

どこか砂埃感のあるジャン=ベローのパリに比べて、
すべての道路が舗装されたカイユボットの作品からは、「パリ大改造」の最先端な感じが漂っています。
カイユボットの作品と、ジャン=ベローの作品に同じ形の外灯があるのがまたおもしろいですね。

カイユボットの作品を見た当時の人はその新しい主題に驚いたのではないでしょうか。


///////////// 構図と遠近法 /////////////
・手前の人物を切り取った思い切った構図
描かれている全ての人々が頭の先から足の先まで描かれているジャン=ベローの作品と、
手前の人物の足元や、右端の人物の半身を思い切ってトリミングしているカイユボットの作品。
大胆なトリミングによって、鑑賞者の視点は手前の人物と同じ高さになり、さらに作品に近づくことになります。
それはまるで傘を差している男女のすぐ前を「歩いている」かのように思えるでしょう。


・空間の広がり
折り重なった有象無象の人の流れを描いたジャン=ベロー。
一方カイユボットの人物はそれぞれが適度な距離を保ち点在しています。
このことは視線を奥の方まで連れて行くことになり、より広がりを感じさせます。

そして人々が行き交う往来で、人影が重なっていない、というのはありえなくはないけど実際にはなかなか難しい状況です。
鑑賞者は、ちょっとした異空間を感じるのかもしれません。

また広がり感を演出するものの一つとして、「空」があげられるでしょう。
そして空があることの副産物として、建物の形が強調され、この作品のおもしろさに一役買っています。


・大胆な遠近法
ジャン=ベローの作品では視線が馬車の背中で止まってしまいその先には行きにくいですが、
カイユボットの作品では、前方の建物の左右二つにある消失点、そして広場や重なりのない人影がより我々の視線をこの作品の中に引き込んでいきます。

二つの消失点の他にも、道路、建物の屋根、街灯、人などたくさんの直線をこの作品の中に見つけることが出来ます。
たくさんの直線の中で雨傘の半円が作品に入ることで、この絵画によいアクセントを加えています。
ご存じの通り、雨や雨傘を描いた絵画というのはさほど多くありません。
その中で雨傘をささせたカイユボットの着眼点もよいですね。




以前「雨の日の「パリの通り、雨」」でこの作品に雨脚を描き足してみましたが
雨が降っていると広がり感はかなり無くなってしまいます。

なぜカイユボットが雨脚を描かなかったのか、についてはいろいろ考えられると思いますが、
違うものを優先させたかった、というのが一番大きな理由だと私は考えております。


さて、みなさまのご意見はいかがでしょうか。
この作品は掘り下げればこの一枚だけで様々な主題の論文が書けそうで、とても興味深く思います。

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