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遺贈とカイユボット三兄弟

カイユボットは印象派の画家達を金銭的に援助したり、作品を買い上げたり、また印象派展の開催に尽力しました。
その中でもカイユボットの最大の功績は自身のコレクションを国に遺贈したことでしょう。

カイユボットは28歳の時、自分のコレクションを「 屋根裏部屋でも、地方の美術館でもなく、リュクサンブールへ、後にルーヴルへ 」収めるようにとのとの遺言を書きました。

28歳で遺言を書くという行為がこの当時一般的だったのかどうかはわかりませんが、
二年前に父親が亡くなり莫大な財産を相続した時だったし、
法律を習っていたこともあったので不思議なことではないのかもしれませんね。
また、カイユボットがこの遺言を書いた二日前にすぐ下の弟ルネがなくなっているのです。
もやもやと遺言のことを考えていた時に弟がなくなり、遺言を形にした、というところでしょうか。

遺言を書いた年に描いた作品。右に座る男はルネがモデル。


その後も何度か遺言が付け足されましたが、「遺贈する」という彼の意志が覆ることはありませんでした。

ところがその頃印象派は一般的には認められていなかったので、その受け入れを巡って論争が巻き起こりました。
論争は「カイユボット事件」と呼ばれるほどで、いかに大きな論争だったか物語っています。

なんとかそれらの作品が受け入れられるようにと頑張った中の一人が、
ギュスターヴ=カイユボットの末弟、マルシャル=カイユボットです。


今では印象派は日本をはじめ世界で非常に人気があり、また高値で取引されています。

しかし、カイユボット事件がなかったら、
印象派が評価されるのはもう少し遅かったかもしれないですね。


この時遺贈されたカイユボットのコレクションは、パリのオルセー美術館で見ることが出来ます。

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