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行ってきました(8)|カイユボットのアトリエ&モネの家



こちらはヴァンティミーユ通り20番地のアパルトマン。

ここは1876年頃、カイユボットがアトリエとして使用していました。
その後1878年からモネが借り、1881年から1882年まではカイユボットと二人でシェアしていたようです。

1878年10月から1881年秋までモネの家賃はカイユボットが払ってあげていたことが分かっています。

このアパルトマンは右の棟と左の棟からなっているのですが、
モネがひとりで住んでいた時は1階と左の棟を借り、カイユボットとシェアしていた時はカイユボットが初めに左の棟の一階を借り、そしてその後右の棟を借りたそうです。

その他、カイユボットが手紙でここを集合場所に指定したりちょくちょく出てくる場所です。


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行ってきました(7)|カイユボット家の貸しビル その2

続いてカイユボットが生まれたフォブール=サン=ドニ通りの近く。
デュ=ガール(2Gare)通りとアルザス通りの角地にある土地。

当時その建物が何に使われていたかは分かりませんが、
今はホテルになっています。


となると建物もすっかり建て替えられているかもね。
普段のパリ観光に向く場所じゃないけど、東駅、北駅に近いのでどこかとパリを鉄道で行き来するような旅の時は利用してみてもいいかも。


お父さんがこのビルを所有したのは1871年。カイユボットが23歳の頃です。
前年におこった普仏戦争でカイユボット家はお金を儲けたのでその勢いで買ったビルかもしれません。


カイユボット自身は普仏戦争に招集され、1871年終戦の少し前に除隊しています。

この頃ナポレオンが退位し、パリ・コミューンが樹立するなどパリの政治は大揺れに揺れていました。
そういったことも関係したのかもしれませんが、カイユボットは、それまで志していた法律の道をあきらめ画家を目指すようになります。


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行ってきました(6)|カイユボット家の貸しビル その1

カイユボットのお父さんが所有していた貸しビルのご紹介。
(地味??)

リスボン通り15番地とコルベット通り8番地からなる角地にあるビルです。
カイユボットが18歳、ちょうどミロメニルの家が完成した1866年で、
その家のすぐ近くにあります。


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このビルは当時臓物屋&肉屋とアパートでした。

なんと、現在もブーシェリーとして存在しているんですよ!
(例によって代々かどうかは分かりません。。。)
残念ながらこの日はお休みみたいで中は何も見えませんでしたが
ちゃんと「BOUCHERIE」と店先に書いてあります。




実はカイユボットは肉塊の絵を何枚か描いています。
もちろん牛の解体はレンブラントも描いていますし、変わったテーマというわけではないですが。








これら肉の絵を描いたのは1882年頃とだいぶ先になりますが、
この肉屋さんの影響が何かしらあったのかな〜と考えたりしていまいます。

このビルはお父さんが亡くなった時にカイユボットの異母兄(父親の連れ子)のアルフレッドに残されましたが、彼自身はここには1度も住むことはありませんでした。
住まなかったのはアルフレッドの職業(神職についていました)に関係していたのかもねー。

行ってきました(5)|パリの通り、雨

続いて(…といいながら前回の「行ってきました(4)」から一ヶ月の時が流れてしまった・・・・。ぼーっとしてたらいけないですね^^;)ヨーロッパ橋より後に描かれた「パリの通り、雨」。
これまたカイユボットの代表作のひとつです。


パリの通り、雨




カイユボットがこの作品を描いた当時は車も走っておらず広々とした往来に見えますが、
現在は向こうに渡るのも一苦労な交通量と狭さです。

でも当時の面影を存分に味わうことが出来ます!

比べてみると、建物の形やバルコニーの雰囲気がほとんど一緒なのがわかります。
そしてヨーロッパ橋と同様、カイユボットはずいぶんと広角で描いたのだということもよくわかります。

正面建物の一階はファーマシーになっています。
なんと(代々かどうかは分かりませんが)カイユボットが作品を描いた時も、ファーマシーが営業されていたようですよ!

ヨーロッパはこういうところが本当にすごいなぁ。




テュラン通りにあるテュラン病院の上(北)の緑のポイントから北方面に向かって描かれています。
緑色の三角のエリアがファーマシーのある正面の建物です。

こちらもそのままヨーロッパ橋から歩いて行くことが出来ます。
左下の緑のポイントがヨーロッパ橋ですから、本当に近いんですよ。


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ナショナルミュージアムの特設サイトができたみたい

来月6日からカナダ・ケベック州のナショナルミュージアムでカイユボット展が開催されるのですが、
そちらの方でも特設サイトが出来たみたいですよ!

site.jpg
http://www.mnba.qc.ca/ftp/caillebotte/

まだ中身はあまりないみたいです。
そして例によってフランス語オンリーです。

ただこのサイトの特筆すべき点はメイン画像の「GUSTAVE < ●> MARTIAL」と書いてある所の真ん中のスライダーを左右に動かすと、
カイユボット(ギュスターヴ)の描いた作品と、マルシャルの撮った写真が上手に比較できるようになっている!
というところです。

パリのジャックマールアンドレ美術館の説明には

近年のマルシャルの写真コレクションの研究によって、兄であるギュスターブの作品のパリの眺め、セーリング、庭と川岸といった主題の中に描かれた意識の壮大さが明かされているということが分かってきました。この発見によって当美術館は「マルシャルの写真とギュスターヴの作品を直接比べてみる」という今まで他の美術館がなしえなかったことをすることができました。

とあったのですが、
実際のパリの展覧会の中では、具体的にこの作品とこの写真のここがこのように!!!みたいな比較はされていなかったのはちょっと残念に思っていたので、もしかしたらカナダでの展覧会は少し構成を変えてくるのかも知れませんね。

 + +

上に載せたサイトのキャプチャでは
左は男がバルコニーから身を乗り出している作品で
右はマルシャルがバルコニーから身を乗り出している写真です。

背中のところでうまく繋がっていますが、
カイユボットの作品の方のモデルはカイユボットの友人のモーリス=ブロールト。


他のものも全く同じように写真をそのまま描いたものではありませんが、
マルシャルの写真がカイユボットに影響を大いに与えたとはいえそうですね。

また逆にカイユボットの描いた作品にマルシャルが影響を受けたこともあったのかも?

今度作品の年代と、写真の年代を比較してみようっと。





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